ぬぬぬ?

☆ 気付きの Lost and Found ☆   いろいろあるけど...明日晴れるといいね

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「本能寺の変」の「変」を解き明かせ @「物語」にあとから追いつく「史実」の愉快

本能寺は要塞とまでは言わずとも西方遠征時の武器弾薬の備蓄庫と言う説もあり、単なる宿坊としてのお寺に裸で寝てた信長ってのはずっと信じられなかったんですが、ようやく科学的立証がされるかもと期待。
tips
「本能寺の変」で焼けた瓦発見=堀や土塀で建物防御か-京都
 京都市中京区の旧本能寺跡で、織田信長が明智光秀に攻められ自刃した「本能寺の変」(1582年)によって焼けたとみられる瓦や、堀跡などが7日までに、関西文化財調査会の発掘調査で見つかった。旧本能寺の遺構などが発見されたのは初めて。建物の防御が固められていた可能性もあり、本能寺の実態に迫る貴重な史料となりそうだ。
8月7日16時31分配信 時事通信

火災原因の科学検証なんてのは素人が見るよりいろいろ雄弁に物語ってくれるらしいので「構造確認」と供にここで期待するのは「異常燃焼」の発見
単なる焼き討ちではなければ物語とされていた仮説立証への一里塚
tips
焼けた?瓦出土、本能寺の変「史実を裏付ける貴重な発見」
 戦国武将、織田信長が明智光秀に討たれた「本能寺の変」(1582年)で焼けたとみられる大量の瓦や、寺の堀跡、石垣などが京都市中京区の旧本能寺跡で見つかった。本能寺の変を巡る遺物、遺構が発見されたのは初めてで、発掘した民間調査機関「関西文化財調査会」は「史実を裏付ける貴重な発見」としている。
 マンション建設に伴い約130平方メートルを発掘。1545年の古文書で、寺が調査地点一帯の土地を購入したとの記録が残っている。
 堀跡は幅約6メートル、深さ約1メートル。一部には約2メートルにわたる強固な石垣跡も出土した。

8月7日18時0分配信 読売新聞

「信長公記」に見る日本側の創られた歴史
時の為政者は豊臣秀吉になる
歴史とは「勝者が書かせたもの」だということは頭の隅に忘れないで措いておく必要がある
奪い取った権勢で都合の悪い情報は歴史の闇に葬るのが鳥にも驚く支配者心情か
だからこそ町民平民の『落書き』が歴史的発見と定説覆しのきっかけになる近代歴史研究が面白い
もしかしたらブログなんてものもあと数十年後には構成の学究の徒によって貴重な成果を上げる礎になるかもしれないと思えばしばしロマンチック
現政権の各国為政者がブログやネットを恐れるのもそういうことなのだろう
どんな『落書き』も辞めずに粛々と続ける書き連ねることこそが時空を超えた一期一会
いろんな意見があっていい

議論と言うものの本質もそこにあると思うのだが、異なった意見を(厭厭ながらもw)見聞するのは、「反対側のものの見方」から反証を行わせることで自らの論理補強に資するという効能からではないだろうか
それがご都合主義の捏造と称されるべきものであったとしても、その論拠の脆弱性を指摘し積み重ねることはある意味バケツの穴を極め細やかに塞ぐ作業
また反対者との建設的交渉、妥協点を模索する上での問題点の洗い出し作業は多様性を認め合う社会においては不可避であり、問題解決能力こそが問われるべき資質だろう
ひたすらに自論に固執する事の愚かさは、平行線状態にイラツキながら自ら無限の平行線を造り続けるジレンマにさえ気付かないのか

そういう目で庇護者信長と利用し利用されの関係であったイエズス会「特使」ルイスフロイスの日本史なる「叙情史」が面白い
カトリックの『日本侵攻』のスパイ工作員的目線での分析と言う側面もあるだろう

   完訳フロイス日本史〈3〉安土城と本能寺の変―織田信長篇(3) (中公文庫) 完訳フロイス日本史〈3〉安土城と本能寺の変―織田信長篇 / ルイス フロイス
   完訳フロイス日本史〈1〉将軍義輝の最期および自由都市堺―織田信長篇(1) (中公文庫) 完訳フロイス日本史〈1〉将軍義輝の最期および自由都市堺―織田信長篇
   完訳フロイス日本史〈2〉信長とフロイス―織田信長篇(2) (中公文庫) 完訳フロイス日本史〈2〉信長とフロイス―織田信長篇

信長の棺イエズス会ってキリスト教の押し売りのほか、武器商人もやってたと言うし
信長が良質の鉄砲の火薬を独占できたのはイエズス会を背後につけることができたと言う話もあり、陸揚げされた火薬の多くが『信長の本陣』に備蓄されていてもおかしくない
本能寺が平城(ひらじろ)であったという説が消えないのはこのためで、今回そのあたりの建築物としての証明がなされるかどうか
「信長の棺」では地下通路からの脱出を描いていたようだが、本能寺の火の周りが異常に早く火薬誘爆により消し飛んだと言う人もいるようで、もし異常火災もしくは爆発であればそういう痕跡は見つけられないかと淡い期待の425年後である

イエズス会への批判
イエズス会は近代においてプロテスタント側のみならずカトリック側の人間からもさまざまな陰謀の首謀者と目されることが多かった。「イエズス会員」を表す言葉(たとえば英語のJesuit)がしばしば「陰謀好きな人、ずる賢い人」という意味でも用いられるのはその名残である。イエズス会は「より大いなる善」のためならどんなことでもするというイメージをもたれており、そのため教皇や各国元首暗殺、戦争、政府の転覆などあらゆる「陰謀」の犯人とされた。さらにイエズス会の組織の強力さとその影響力の大きさのゆえに教皇とバチカンを陰から操っているのは実はイエズス会総長であるといううわさがまことしやかに吹聴されてきた。
現代においてもイエズス会員について「過度に進歩的であり、特定の話題において教会の公式な教説に反することを説くことがある」と批判されることがある。たとえば中絶手術、司祭の独身性、同性愛、解放の神学などの話題がそれにあたる。


   完訳フロイス日本史〈4〉秀吉の天下統一と高山右近の追放―豊臣秀吉編(1) (中公文庫) 完訳フロイス日本史〈4〉秀吉の天下統一と高山右近の追放―豊臣秀吉編(1)
   完訳フロイス日本史〈5〉「暴君」秀吉の野望―豊臣秀吉篇(2) (中公文庫) 完訳フロイス日本史〈5〉「暴君」秀吉の野望―豊臣秀吉篇(2)
   完訳フロイス日本史〈6〉ザビエル来日と初期の布教活動―大友宗麟篇(1) 完訳フロイス日本史〈6〉ザビエル来日と初期の布教活動―大友宗麟篇(1)
   完訳フロイス日本史〈7〉宗麟の改宗と島津侵攻―大友宗麟篇(2) (中公文庫) 完訳フロイス日本史〈7〉宗麟の改宗と島津侵攻―大友宗麟篇(2)
   完訳フロイス日本史〈8〉宗麟の死と嫡子吉統の背教―大友宗麟篇(3) (中公文庫) 完訳フロイス日本史〈8〉宗麟の死と嫡子吉統の背教―大友宗麟篇(3)
   完訳フロイス日本史〈9〉大村純忠・有馬晴信篇(1) (中公文庫) 完訳フロイス日本史〈9〉大村純忠・有馬晴信篇(1)
   完訳フロイス日本史〈10〉大村・竜造寺の戦いと有馬晴信の改宗―大村純忠・有馬晴信篇(2) (中公文庫) 完訳フロイス日本史〈10〉大村・竜造寺の戦いと有馬晴信の改宗―大村純忠・有馬晴信篇(2)
   完訳フロイス日本史〈11〉黒田官兵衛の改宗と少年使節の帰国―大村純忠・有馬晴信篇(3) (中公文庫) 完訳フロイス日本史〈11〉黒田官兵衛の改宗と少年使節の帰国―大村純忠・有馬晴信篇(3)
   完訳フロイス日本史〈12〉キリシタン弾圧と信仰の決意―大村純忠・有馬晴信篇(4) (中公文庫) 完訳フロイス日本史〈12〉キリシタン弾圧と信仰の決意―大村純忠・有馬晴信篇(4)

ざっとサブタイトルだけ眺め見ても、友好関係にある大名は好意的に書かれているのは分かりやすい
わかりやすいと言うことはそういう見方で読めば得るべきものとそうでないものを見分けることもできるわけで、この手法は小泉"以降"安倍おべんちゃら御用マスゴミの偏向報道への対処法に通じる

庇護者のぶながを褒めちぎる一方、後継者秀吉をサターンのように扱い、そして秀吉の軍師、黒田官兵衛(黒田如水)がキリスト教改宗も信仰による魂の安息ではなく強かな策略があったと見るのが正解ではないかと思うがどうだろう
あまりの策士振りにかえって秀吉に畏れられ九州に下げられた官兵衛が秀吉の死後、関が原の戦いで疲弊するであろう徳川家康を兵力温存の九州から一気に上洛し西軍を立て直しつつ巻き返すための後ろ盾を得るその背景にはどのように関与したのだろうかなんて想いを馳せてみる

しょせん信長も官兵衛も宗教ネットワークの軍事利用としか見てなかったわけだ
で、コスプレも辞さないと。
そういえばブッシュの子飼いの小泉純一郎もコスプレ好きだったな

この本も前から気になってたんだが、送料無料になるときのあわせ業のために備忘。
これもルイス フロイスだったのね
古くに書かれた本なんだろうけど、以前TVで紹介されていた内容は今でも洋の東西の本質ついているように感じた
無神論者の立ち位置キープしつつ、相互理解の教本にならないかなとも関心
地球の歩き方よりもいいかもね

   ヨーロッパ文化と日本文化 (岩波文庫) ヨーロッパ文化と日本文化 (岩波文庫)

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本能寺の遺跡

戦国ファンにとっては一大事変の一つ、本能寺の変ですが、その遺構が発掘されたそうで、また新たな発見もあったようです。強固な石垣が見つかったようで、「信長無防備説」が覆そうな展開になっているようですね。

  • 2007/08/14(火) 18:42:06===
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