ぬぬぬ?

☆ 気付きの Lost and Found ☆   いろいろあるけど...明日晴れるといいね

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聞かない強者と、力なき弱者のレジスタンス @「学生運動」「デモ行進」は、「不買運動」「不払い行動」への変節

「サイレント・クレーマー」
顧客の声に必死に耳を傾けたい優良企業が最も気にするものだ

マイノリティー・コメント、少数意見などと捨て置かない
1人の声は、隠れた1000人、10000人の声
声なき声を拾う
企業が「内部の論理」では気付かない、とても重要なポイントを含んでいる場合があると自覚しているからだ

リアルの活動は、いまやサイバーなものに変節している
ネットを徘徊するブロガー諸氏に至っては肌で感ずるものがあるはずだ

ネット上で主義主張を奔する人もいるだろう
もしくは私のように「世の中のインチキに対する腹の底からの怒り」を個人の日記に綴る者もいるだろう
またはそれらを見て読んでウンウンと頷き何かを共感し、別の形で伝える者もいるだろう
10年以上昔より表現の手段、情報の手に入れ方は大きく変わっている

ストライキや、デモ行進は一種『民主主義の中の弱者の権利』として全世界的にその慣習は市民国民の中に一定の理解を得ている
声を上げて、聞く耳をもってもらう機会としてだ
当然ながら「迷惑顔をする傍観者」も少なくはないが、一定の理解を示すのが良識ある市民というものだ

苛烈なものになれば既に旧聞の類となる「学生運動」「安保闘争」
当局の徹底した排除、公安のマークにより、既に"廃れたオールドファッション"扱いになってしまっている
デモや抗議集会の呼びかけにも一時ほどの熱い盛り上がりはいまの日本では見られない

反面、「静かなる抗議の声」はある種"国民的うねり"に発展する土壌を得たといっても良い

たとえばNHKの受信料未払い、不払い
いい加減な経営陣の運営や、不正横領、政権政党との癒着、独占的地位の保持保身、公共放送としての立ち位置を見失った挙句の迷走・・・
また税金予算を半分で済ませるために、徴税とは名を変えた受信料名目で視聴者から直接"徴税"する 
その論拠は放送=NHKであった時代の放送法で、「契約の自由を侵害」する抱合せ販売(チューナーつきTVを買ったら誰彼構わず受信料徴収)だという
こういった「不公正」と「体制腐敗」「制度疲労」を真摯に感じ取った国民が、その在り方に疑念を感じ「No!」を突きつけているに他ならない
なにぶんにもTVを買ったら自由意志に関係なく契約を「結ばされる」という無配慮さ
今度は法律を変えて支払い義務まで課してさらに「縛る」という
政権与党自民党とNHKとの蜜月、癒着がある限り、好き放題のお手盛りだ

時代が時代なら角材もってヘルメット被って渋谷や永田町までデモ行進やりたいところだが、民衆は静かに静かにクレームを言い続けている
一方的で承服しかねない「ルールなるもの」を破ってまでもレジスタンス(抵抗)し、抗議の声を上げている
静かに静かに
静かなうちに気付くべきであろう
自分たちに『No!』の声が上げられていることに


「不買運動」もそうだろう

金の力にもの言わせたり、強力な顧問弁護団組織し法律を楯にとって「強者の論理」で好き放題の巨大企業
ディズニーのお手盛り「ミッキーマウス保護法」や松下の特許侵害裁判はいい例だ

強者の論理がまかり通るこの世の中での弱者の抵抗手段は「不買運動」などの社会的"うねり"であろう
  ◆ジャストシステム逆転勝訴 @知財高裁で覆る松下問題とパブリックドメインという考え方
  ◆楽天、上場廃止論 @もしくは経営者不適格につき三木谷更迭

NHK受信料と同様に、国民年金への「不払い行動」もそうだ
運動と称するまではいかないのはまさしく『"個"の連携』

国民年金未納と一緒くたにさも悪のように言ってみせるが、これも一歩引いて見れば「不払いも抗議行動」だと言える
すでに国民的関心事にまで発展している『年金システム破綻状態の露呈』であるが、制度破綻もさることながら社会保険庁のもはや回復不能とまで言える準禁治産者的無駄遣い体質
小手先の数字だけ上げようとする分母いじり
それからそういう状況においてもなお政権与党自民党の十八番『予算外支出容認法』の延長に継ぐ延長
遅きに失した社会保険庁カイカク法案も、またしても看板倒れの責任逃れ法であり、諸悪の根源を自民党がグルになって擁護してみせる
なにひとつ良い方向への改善の兆しすら見せない

小泉的二枚舌無駄遣い容認
 社会保険庁の年金事務費については、本来昭和34年制定の国民年金法において、「国庫は毎年度、年金事業の事務の執行に要する費用を負担すること」つまり平たく言えば「税金にて予算で賄いなさい」と法律で規定されている
 国の厳しい財政事情を大義名分として、"財政構造改革の推進に関する特別措置法"(平成9年制定)により国民年金法、国民年金特別会計法、厚生保険特別会計法をいじることで、平成10年度から平成15年度までの間、年金事務費の"一部"に国民年金保険料及び厚生年金保険料の「年金保険料」を充てる特例措置が講じられた
 1998年度から施行された"財政構造改革特別措置法"は「5年間の時限措置」だったはずであるが、この期限が切れたにも関わらず改善するどころか、平成16年度においても"財政運営のための公債の発行の特例等に関する法律"なんて言ってはいるが、要するに引き続き同様の特例措置が講じられている、無駄遣いは延長という形で容認されほとんど野放しだ
 このように社会保険庁業務費(年金事務費)に保険料を充当してきたことは「保険料流用」に対する国民の強い批判からすれば、16年度限りでやめるべきとの衆議院議員・中根康浩の質問に対して、政府は小泉純一郎の名にて平成17年度も再度「延長」「継続」すると回答した

 「(社会保険庁の)無駄遣いの解消がなされなければ1997年度以前同様に社会保険庁業務費(年金事務費)を一般歳出で賄うことに反対」などとの財務省は見解は的外れもいいところだ
本来であれば予算権限のある財務省が無駄遣いを監視し徹底排除すべきであり、こんな発言が財務官僚の口から出てしまうこと自体「国民の税金は財務省のモノ」という意識が蔓延している証拠
「無駄遣いするなら『財務省の財布』からではなく『国民の年金預かり金』からすればいい」という財務省の考え方は万死に値する
どちらも「国民からの預り金」だろう
小泉政府も全くそういう考え方を持ち合わせないようである
一度開いた財布の口は決して閉めることなく濡れ手に粟でお手盛りを続けるのは、道路特別会計の暫定税率を小泉の指示で「国民には返すな」といったあの発想そのままだ


「決まったことなんだから」「ルールなんだから」と飼い慣らされた大人の対応を気取る人たちもいる
「ルール」という言葉の前で思考停止してみるのはなんとも楽でこの上ない
原理原則、ルールの主旨に立ち返って思考、判断することさえも忘れている

この「不払い運動」もよく観察するとそのルールさえ守っていない"運用者側の問題"に対して警鐘を打ち鳴らしているわけで、根本的な不正腐敗の排除という命題と全くもって符合する
制度破綻が囁かれる年金問題もすでに国民の一大関心事であるにも関わらず、不満が一定に達した国民意識が高い"不払い率"のまま「変わらない」というのを、なぜに国民からのメッセージだと受け取れないのか?
ましてやクレームの"声なき声"は徐々に広がり、増えていくのを必死に隠すことしか思い浮かばないようだ

「決まったこと」を最大の後ろ盾に「ルール」を好き勝手ねじ曲げて、国民から「預かったカネ」を好き放題に浪費する
こんな連中、こんな制度を擁護する必要なんかなにひとつないだろう

これはまさしく現代版市民運動である


耳を貸さずに目を背け、これを放置する、または力ずくで抑え付けるようだと、次は過激なリアルの行動に移る可能性が否定できない

江戸時代の飢饉や圧政下では「百姓一揆」「米倉襲撃」であった
戦後間もなくはあり余ったエネルギーも手伝っての「学生運動」「安保闘争」
そして大人しい現代においては「自殺の大量増加」や頻発する「猟奇殺人」
おそらく近い将来には「凶悪犯罪増加」
最悪の場合は「忌むべきテロ」ということになる

声なき声を拾い上げる強者の"意識の高さ"こそが、傾き歪んだ社会を矯正することができる

民主主義をゼロイチゲームのように語った大馬鹿者がいるようだ
多数決というメソッド(手法、ツール)と、真の目的であるところの意見の対立とお互いの歩み寄りを全くもって取り違えている
結論よりも過程こそが大切なのだよ
地に足着かない"危うい主義主張"こそ強行採決を必要とし、数の力で押し切ってしまおうという言論で飯を食う政治家議員としてこの上ない破廉恥な考え方が覗かせる、そこまでマイノリティーの意見が怖いと言う
民主主義とは多数決の原理だが、間違ってはいけないのは数さえ多ければ全てがまかり通ると言うものではない
結果以上にプロセスが重要で、そのプロセスが結果に少なからず影響される必要がある
マジョリティー(多数派)はマイノリティー(少数派)の意見を尊重しつつ配慮して、多数意見に集約していくというのが民主主義のあるべき姿
最近、勝者総獲りのゲームと勘違いしている不届き者が少なくない

01ではなく0に歩み寄った1であったり、デジタルではなくアナログ、中道・中立な結論、方向性を見出す装置が民主主義のはず
「世はデジタル」なんて知ったようなことを言う者は、では世のデジタル機器の量子化ビット数の急激な進化をもう一度想いおこそう
2ビット、4ビットの当初のデジタルが如何に低能力で受け入れ難い技術であったか
捨てられる情報が多かったからだ
サンプリングレートと量子化数でより緻密さを獲得してアナログに近づいた今日やっと使えるものとして市民権を得たのに気付こう
民主主義においても少数意見だからといってノイズとしてフィルタリングしていいはずはない
まとまったノイズはひとつのファクターとみなして結果にバイアスかける位のアルゴリズムの方が優れているはず

ましてやヒトの営みはデジタルではない
0として捨てられるものの中にも心があると知って欲しい
そんなデジタルなことやらなくても、人間本来の「心をもってすれば」容易いのだが。
構える必要はない
今までやってきたことだ

勝ち組・負け組論も一緒
負け組あっての勝ち組だということを忘れてはならないはず
優位者(勝ち組・多数派・権力者)が全てを簒奪しようとするから世の中がおかしくなる

せめて意見をしっかりと聞くところから全ては始まる
それさえ否定する安倍晋三は民主主義を冒涜する
今でも日本は民主主義を採択しているはずだが、間違っているのはどちらだろうか?

そこまでマイノリティーが怖いのか?


強者はそれでなくても優位な立場であり、儲かる立場にある
もっともっとと欲しがる強者が小泉以降の新自由主義では格段に増えたし、政府までお墨付きだ
拝金餓鬼競争でアメリカのそれと負けない日本づくりをするという

あまり好きな表現ではないが、弱者は「権力のお目こぼし」「強者のお零れ(オコボレ)」に与かってもささやかながらも幸せを「感じ取って」穏やかに生きて暮らしてきた
万人あまねく生きるか死ぬかの生存本能を剥き出しにすることなく、「窮鼠猫を噛む」こともなく
そこに"自尊心"をあたえて何が悪い
そういう社会づくりこそが肝要だ
それこそが平和な世づくりだ


「百姓は生かさず殺さず」などと言い放った支配者がいたという
小泉は言うのか「まだ自殺者は3万人しか出てないの?」

静かなる抵抗、声なきレジスタンスももはや限界近くに至っているのかもしれない
サイレントクレームも、社会行動学的見地から俯瞰してみていかないと、実は取り返しのつかない段階に進展するのではないかと危惧する

政府はいち早くクレームの温床を改善する方向で、口先だけではなく"実際の行動をもってして"国民に理解を求めなければならない
NHKにせよ、公的年金にせよ、強制徴収などもってのほかだ
制度破綻と腐敗構造にしっかりと目を向け、やることやってから国民に"お願い"するべきだろう

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  • 2006/06/24(土) 13:28:25===
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